
ハナミズキが結ぶ日米理解の輪
桜の花が散り、ハナミズキの咲く季節となってきました。昨年は台風の影響を受け、散々だった我が家のハナミズキも今年はツボミも多く、冬の時から「今年の春こそは」と期待していました。
このハナミズキに秘められた日米の友好の歴史を紹介しましょう。 1912年に尾崎咢堂翁によって桜の花がアメリカに贈られ、その返礼としてアメリカから贈られたのがハナミズキです。この由来を知る人も多くなり、日米交流のシンボルとしてハナミズキは全国各地で見られるようになってきました。 黒船来航以来、日本とアメリカとの交流の歴史は、不幸な時代を乗り越えて、今日着実に進展を遂げつつあることは多くの人が認めるところであります。 しかし一方で経済戦争といわれる側面も顕著になり、日米の対等な関係を強く求める意見が強くなりつつあることも事実です。(沖縄問題、駐留米軍に対する予算問題、また石原都知事発言等)
理解と交流のチャンネルが増え、丁度「夫婦のように遠慮がなくなってきた」だけに、きれいごとだけで終わらず、あらゆる所でぶつかり、怒り、非難し、妥協し、尊敬し、感謝することが繰り返されています。しかし実利面ばかりでなく、どこかでお互いの心の結びつきを大事にしなければならないと思います。それこそが、何よりも平和と民主主義の大事さを生涯訴え続けた尾崎咢堂翁がアメリカに贈った桜の花の心であり、日本に返礼として送られたハナミズキの心であるのではないでしょうか。
私も父の遺志を引き継ぎ国際交流、特に日中交流促進の為、毎年訪中をして努力を重ねていますが、日中間の民間を中心とした交流が飛躍的に増した一方で、政治家同士の交流が不足しているように思えてなりません。 日本から中国各地に贈られた桜の花のことを思いながら、政治家として「新たな決意」で励みたいと思います。 |
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| 出典:花づくり園芸館(小学館) |
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